starry stormy night(本文サンプル)

【前略】

『星奏学院クリスマスコンサート・星夜祭』
 学内コンクールが終わってから二週間ほど経ったある日、突然そんな名前のコンサートが発表された。それは、赤く色付いた木々の葉も枯れ始める、そんな頃だった。

 冬が駆け足でやってきている。
 ガサッと音を立てて僕は枯葉を踏みしめた。
「へえ……」
 正門近くの掲示板の前で足を止めると、目の前に貼り出されているポスターに、思わず声を漏らしてしまった。
「クリスマスコンサートね」
 もしかしたら僕は笑っていたかもしれない。
ポスターには、このコンサートの参加資格は、音楽科、普通科を問わず音楽を愛する者すべてと記載されている。それから、注意事項がいくつか。
 ああ、コンサートの目的を忘れちゃいけないね。と言っても僕が決めたわけじゃないけど……愛と平和、夢という音を奏でようと大きな文字でちゃんと書いてあったよ。
 そして、最後の行におまけで付け加えるには大きめの派手な色の文字で、過日の音楽コンクール参加者に対して個別に連絡がある旨が書き記されていた。
 その一行に僕の胸は高鳴った。
 声を漏らしてしまったのも、この一行を読んだ瞬間だったはずだ、きっと。
 僕の想像はこうだ。
 このコンサートを企画したのは、多分、学内コンクールの大成功に気をよくした理事連中だろう。
そうだ、きっかけは全て、あのコンクール。
 だとしたら、彼らのうちの誰か一人でも、コンクール参加者達を放っておくことのできる人間がいるだろうか?
 後日届くという知らせの内容は多分、該当者は、特別ゲストだのエキシビジョンステージだのと、もっともらしいネーミングを付けられながらも、その実はコンサートへの強制参加というところだろうか。
 その連絡は思ったよりも早く、翌日の放課後には各担任教師からプリントが手渡された。
 僕の予想の半分は当たり、もう半分ははずれてしまった。けれど、僕は少しも残念に思わなかったよ。だって学校側は僕が考えたような姑息な名称や理由など何ひとつ書かずに、学内コンクール参加者の、クリスマスコンサートでの演奏を事実上決定したんだ。既に演奏曲と楽器パートの決められた……合奏という形でね。
「はっ、すごいな……」
 まさかこんなカラクリがあるとは夢にも思わなかった。
 これじゃあ、よほどの理由がない限り辞退することはできないと思った。何故って?それは、主催が僕らの楽器に合わせて選んだ曲は……誰かひとりでも欠ければ曲として成立しないものだったからだ。
 合奏というだけでも驚いたが、この選曲には思わず目を見開いた。少し音楽をかじった者がその曲名を見ればすぐにわかるところもポイントだ。

 ねえ、日野さん。
 日野さんにもわかっただろう?
 そして、君はきっと少し落胆していたんだろうね。
 このコンサートでの演奏を指揮し、僕らを担当する教師の名前が彼のものではなかったことと、それでも再び楽器に触れることに。
 僕は、そんな日野さんを想像しただけで、コンサートがすっかり楽しみになってしまった。



【中略】



『あ、あの、じゃあ先生……その次の日は……』
『……、次の、日か?』


 次の日……クリスマスイブか。
 同じように思ったのだろう、彼の声が一瞬うわずった。


『クリスマスイブです』
『ああ、そんな日だったっけな』
『それで、その……』
『日野、もうやめよう』
『いえ、でも』
『お前さん、ちょっとおかしいぞ。もうこの話は終わりだ』
『予定、あるんですか?』
『……』
 声はそこで止まってしまった。
 クリスマスイブの日の約束をしたかった日野さんと、それをさせなかった彼は日野さんに言えない予定があるのだろうか。
 僕は今日の今日まで、彼もまた日野さんを愛していると思っていたが、今の会話を聞いて、それはもしかしたら勘違いだったのかもしれないと思った。もちろん、こっちのほうがよほど、自分に都合の良い勘違いであるかもしれないが。
 そのどちらだとしても、はっきり断ることをしない彼に腹が立った。そして、それでも、そんな彼を愛しげに見つめる日野さんに腹が立ち、ドアの隙間から見える日野さんの指先が彼の白衣にわずかに触れている様子に唇を噛んだ。


 はっきりすればいいんだ。
 僕はその日の練習中、ずっとそう思っていた。
 はっきりすればいい、好きなのか嫌いなのか、さっきのクリスマスの話だってそうだ。はっきりすればいい。そうすれば日野さんだって……


「先生」
「んぁ、なんだ?今頃になって質問なんてないだろ?」
 僕は、聞きたいことがあると言って彼の顔をまっすぐに見た。
 はっきりさせればいい。
 僕の真剣な顔は、そんなに珍しいのだろうか、彼は不思議そうな顔で僕を見た。
「なんだ、いきなり?」
「先生は、クリスマスは、クリスマスイブは予定はあるんですか?」
 クリスマスイブと言い直した瞬間、周囲から冷やかすような小さな歓声があがった。
「なっ……」
 彼の視線が一瞬泳ぐ。口を噤んでしまうつもりなのだろうか、さっきと同じように。もう一度、と僕が思うよりも先に、隣から声がかかった。
「やっぱイブって言ったらデートとかするんじゃないの?ねえ、先生も彼女とデート?」
 誰もみな、クリスマスという単語に敏感なのだ。
 どうしているかと日野さんを見ると、意外にも彼女は瞼を伏せることもなく、僕と同じように彼をまっすぐに見ていた。
「先生」
 駄目押しのように僕が呼びかけると、彼は面白くないという顔をしながら、「あるよ」と、ひとつため息をついた。
「クリスマスイブの予定ならあるよ」
「あるんですか?」
「ああ、予定している。だが、なんでお前さんがそんなこと気にするんだ?俺がどうしようと関係ないだろ?」
「デートですか?」
 彼の質問を無視して、僕は新たに訊ねた。
「おい、お前なぁ……もう勘弁してくれよ」
「デートだと思っていいんですか?」
「お前さん、しつこいぞ」
「……」
「ああ、わかった。そうだよ、デートだよ。これで満足か?」
 僕が笑いながら頷くと、彼も周囲も軽い冗談だと思ったようで、彼の「意地悪するなよなぁ」という声に、一気に空気が和んだ。
 冗談なんかじゃないよ。意地悪したかったわけでもない。
 僕はただ、はっきりさせたかっただけなんだ。
 聞いただろう、日野さん。
「さあ、もういいだろ、練習再開するぞ」
 皆、ちょっとした息抜きが終わった時のように、やれやれという表情をしていた。
 日野さんの指は、こわばってしまったのか、なかなか弓を握らない。かすかに震える指先に、もうひとつ視線が届いていることに、僕は気づかないでいた。



【後略】








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